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最強アルファと発情しない花嫁

「あの……何やってるんですか?」
 朝起きてキッチンに行くなり、五色はその惨状に呆然と立ち尽くした。床には白い粉が散乱し、シンクの中や作業台にはクリーム色をしたアメーバのようなものが多数。フライパンには黒い物体がへばりついているし、地球外生物が侵略してきたのではないかと思うような光景が広がっている。
「パンケーキを作ってるんだが」
 文句あるかと言いたげな黒瀬に、五色は目をぱちくりさせた。これがパンケーキ。なるほど確かに粉は散乱している。卵の痕跡も見られた。牛乳に至っては封を開けていないパック――しかも三つも――が今か今かと自分の出番を待っている。
「ママはつかれてるから、ねてるあいだにあさごはんつくろうってみんなでそうだんしたの」
 メグは白い粉を被ったクマのぬいぐるみを大事そうに抱えて、そう訴えてきた。
「だからやめようっていったのに」
 マルオが悲しそうに言う。
「もう一度最初からやる。お前は休んでろ」
「結構です。これ以上待たされたら子供たちのお腹と背中がくっつきます。はいはい、退いて」
 ぞんざいに追い払うと、黒瀬は意外にも素直にキッチンを明け渡した。まずこれを片づけてからだ。余計な仕事を増やしてくれたなと思うが、横でシンクの中を片づけ始める黒瀬に顔がほころぶ。
「気持ちだけで十分ですよ」
「そうはいくか。しかし、パンケーキってのは難しいな。ふわふわのやつを作るつもりがどうしてこうなる」
「それはこっちが聞きたいで……、――んっ」
 いきなり唇を奪われ、一瞬思考が停止した。頬が熱くなるのを自覚しながら、努めて冷静に言う。
「子供たちの見ているところでは遠慮してください」
「みんなは喜んでるぞ」
 見ると、メグたちがうふふと瞳をキラキラさせていた。ユウキが生意気な口調で嬉しさを口にする。
「おれはなかがいいパパとママがすき」
「だそうだ」
「だそうだじゃ……、んっ、んっ、――んんっ!」
 いきなり何度もちゅ、ちゅ、と唇を奪われ、いつのまにか両腕に包まれてしまう。逃げ場はない。
 甘いパンケーキは下手だが、甘いキスは合格だ。
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