恋愛詐欺師はウブの虜

小説

恋愛詐欺師はウブの虜

著者
花川戸菖蒲
イラスト
白崎小夜
発売日
2019年05月21日
定価
770円(10%税込)
惚れた弱みだ。なんでもするよ

おかしな女に狙われる真己はクールなイケメン水流添と驚異の女装男子、俊に出会う。
彼らは貿易会社を営む裏で『恋愛詐欺師』と呼ばれ、人の魂に寄生し快を煽る蟲を捕獲する仕事をしていた。

職を失った真己は二人と一緒に暮らすことになり、水流添と想いを通わせて恋人に。
しかし、どうしてもキスから先に進む勇気が出てこない。
水流添の優しさに包まれ、甘え上手の俊に可愛さを覚え、真己は悩みながらも奇妙な同居に馴染んでいく。

一方で、水流添と俊はウブすぎる真己を放っておけなくなっていて――!?

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登場人物紹介

久慈真己(くじまなみ)
久慈真己(くじまなみ)

就職に失敗し、大手企業の孫会社で派遣勤務をする22歳。おかしな女に狙われ、水流添と俊に助けてもらうことになり……。

水流添大介(つるぞえだいすけ)
水流添大介(つるぞえだいすけ)

表の顔は貿易会社『株式会社クシュブルーム』を営む経営者。裏の顔は恋愛詐欺師と呼ばれていて――?

試し読み

 青山霊園のほど近くに鉛筆型の細長いビルが建っている。その四階に『スイフト・マーケティング社』──日本人なら誰でも百パーセント知っている食品会社、の孫会社がある。久慈真己の派遣先だ。
「お疲れ様でした、お先に失礼します」
 午後四時半。真己の終業定時だ。デスク周りの同僚や先輩にきちんと頭を下げた真己は、そそくさと部屋を出た。冷房の効いたビル内から外に出ると、風はからっとしているものの、じわりと焼けるような強い日差しに襲われる。
「あっつ……」
 小声で呟いた。九月も半ばを過ぎているが、まだまだ残暑が厳しい。日没まであと一時間といったところで、あたりは明るく、昼の暑さが引いていくのは深夜になろうと思われた。入り組んだ住宅街の細道を、青山通りへ向かって歩く。無意識にうつむいて歩くことが癖になっている真己は、新卒社会人の二十二歳だ。
 身長は標準、体つきはやや細め。くっきりした二重で涼やかな形の目をしているが、黒目がちの瞳なので冷たい印象にはなっていない。高くないが形のいい鼻と、ちょっと厚めの唇。近くのコインパーキングに停めてある車の下で寝ている猫を見て、思わずといった具合にほほ笑んだ顔を見れば、十人中六人はイケメンだという容貌をしている。社会人になって日々スーツを着ているが、なまじイケメンゆえに、量販店で買った一番安いスーツが借り着のように見えて、とても残念なことになっている。けれど生活が厳しくて、よいスーツが買えないのだ。
「今日の夕飯どうするかな……豚こまがまだ残ってるから、もやしとちくわを入れて炒めるか……」
 ちょうど焼き肉店の横を歩いていたので、焼き肉のいい匂いがして、真己はごくりと喉を上下させた。ああ厚みのある肉が食いたいと切実に思う。
「実家帰れば肉食わせてくれるだろうけど……帰りづらい……。俺が派遣社員だって、親は知らないし……」
 つい先日も盆の帰省で一泊だけ帰ったが、両親は息子が「日本人なら誰でも百パーセント知っている食品会社」の「正社員」だと思っている。そんな大企業で働いていることを喜んでいる両親の顔を、真己は後ろめたさでまともに見ることもできなかった。なにしろ就活が全滅したことを言い出せなくて、第一志望の「日本人なら誰でも百パーセント知っている食品会社」に内定がもらえたと嘘をついてしまったのだ。内定通知書やら社員証やら見せてくれと言われなかったことは本当に幸いだった。
「バレる前にどこか就職できれば……っ」
 転職したと言えるのに、と思った。
ともかくもしばらくは豚こまと挽肉で乗り切ろう。肉が食えるだけ恵まれてるんだ、と自分を慰めていた時だ。前方のマンションから出てきた男に目が留まった。
「……チャラチャラしやがって」
 いかにもホストです、というような身なりだった。この暑いのに、紺にも紫にも見える三つ揃いをビシッと着ている。けれどシャツのボタンはかなり開けているし、当然ネクタイはしていない。しかもアイドルかビジュアル系のバンドでもやっている人ですか、と思うような派手な髪型をしていた。とても勤め人には思えないので、やはりホストか水商売系だろうと思われた。
「これから出勤かよ、いいご身分だな。青山住まいなんて稼いでるんだろうな。……厚みのある肉なんて毎日食ってんのかな……売れっ子ホストなのかな……肉、羨ましい……」
 妬みが純粋な羨ましさに取って代わる。それくらい、真己は厚みのある肉が食べたかった。
 男がこちらへ向かって歩いてくる。ちらちらと男を見ていた真己は、距離が縮まるにつれ、男の容貌が身なりとまったく合っていないことに気づいた。
(イメージ、エリート弁護士って感じじゃん)
 クールでありながら色気もあるイケメン……というより美男といったほうがしっくりくる顔立ちだった。表情一つ変えずに法廷で検察をやり込めていく様子が簡単に想像できる。それくらい、理知的で理性的な雰囲気が感じられた。
(これで女の人を接待する時は作り笑いするのか……。こんなイケメンに笑いかけられたら、男でもときめくだろうな……)
 もったいないな、と思った。死ぬほど勉強して弁護士にでもなっていれば、この顔だからテレビにも出られただろうし、ホストと同じくらい稼げたかもしれない。先の見えない水商売よりもずっと暮らしが安定するはずなのにと思った。
「いや、それはまあ、俺もそうだけどさ……」
 それなりの四大を卒業したのに、就活は全滅、派遣社員で食いつないでいる状況だ。学費どころか一人暮らしの真己に仕送りまでしてくれた両親に、本当に顔向けができない。
 ため息をこぼしてそんなことを考える真己の視線の先で、男が煙草に火をつけた。歩き煙草反対、と心の中で真己は言う。男はくわえ煙草で煙を吸うと、それを吐くついでに足を止めて上を見た。上に煙吐くって機関車かよ、と真己が内心で突っ込んだ時だ。マナー違反も極まれりといった具合に、プッと煙草を吐き捨てた男が、ロケットダッシュの勢いで両手を広げて真己に襲いかかってきた……としか思えないふうに突進してきたのだ。
「えっ、なっ、……!?」
 あまりに予想外なことが起きると、人間はともかく頭を守ろうとするのかもしれない。真己もとっさに腕で頭をかばい、膝を曲げて変な中腰のまま固まった。男はニヤリといったふ
うな、質の悪そうな笑みを浮かべてこちらへ突進してくる。心底怖い、と真己は怯えた。ムカついていたからという理由で殴られるのだろうか、突き飛ばされるのだろうか、ヤクザキックされるのだろうか、ああ俺、運が悪い、と一瞬のうちに考えていると、男がドシッと真己に抱きつき、抱き上げ、クルンと一回転した。
「……っ!?」
 殴られるほうがまだ予想できた。まるで映画の中の恋人同士のようなことをされて、真己の頭の中は真っ白というか空白になった。抵抗するということすら思い浮かばない。茫然としていた次の瞬間、ガシャッ! といういやな音が間近でした。ほとんど反射で音のしたほうへ視線を向けた真己は、歩道上で砕け散っている鉢植えを見て、全身に鳥肌を立てた。どう考えても上から落ちてきたのだ。これまた反射で頭上を見たのと同時に、男が、見るな、と言った。だが手遅れだ。真己はしっかりと見てしまった。五階か六階あたりの部屋のベランダから、有名ホラー映画の怨霊のような髪の長い女が半身を乗りだし、次の鉢植えを手に
取って、頭上に掲げるところを。
「ヤバい……」
 無意識に真己が口走ったのと同時に、男は真己を抱えたまま車道へと走った。背後でまたしても、ガシャッ! という恐ろしい音がした。
「嘘だろ……っ」
 心情的に自分が狙われた気分だ。足がすくんでしまった真己に、鋭く男が言った。
「立ち止まるな、歩けっ」
「は、はい……っ」
 男は車道に出ると、タイミングよくやってきたタクシーを停めて、真己を車内に押し込みながら言った。
「とにかく逃げるぞ。刺されたらたまらん」
「……っ」
 刺される!?真己は声も出せずにシートの上で固まった。

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