小説

やさぐれ天使は落ちこぼれ悪魔に甘すぎる

著者
小中大豆
イラスト
すがはら竜
発売日
2019年11月19日
価格
700円(税抜)
あんたといると際限なくムラムラするなあ

「なんなんだ、あんたは。可愛すぎだろ」 落ちこぼれ悪魔の夜羽は、ある人間に召喚され「ドS女王になってその男と結婚する」というトンデモ契約を結んでしまう。 だが夜羽は、その場に居合わせた美貌のやさぐれ元天使・緒世に一目惚れ。 緒世は、夜羽が一人前のドS女王になれるまで手助けすると言ってくれた。 そんな緒世との生活は意外にも甘やかで幸せで、夜羽の恋心はどんどん高まっていく。 だけど悪魔の契約は絶対で!? 無愛想な天使が、けなげな悪魔にメロキュン?

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登場人物紹介

夜羽(よはね)

魔界の名誉ある『召喚士』の家系の子息。でも能力が低いあまりに一族からは見放されていて……。

緒世(おせ)

人間界に暮らす元天使。今は『便利屋』の代表を務めている。はじめは無愛想な態度だったが……。

仙仙(シャンシャン)

夜羽のしもべ。夜羽が幼いころよりずっと一緒にいる。

群田(むれた)

通称:モブ田。女王様なお嫁さんが欲しくて、願いを叶えるために夜羽を召喚した人間。

試し読み

 プロローグ
 ──どうしてこんなことになったのだろう。
 というか、こんなことがどんなことなのかもよくわからない。己の身に何が起こったのか、夜羽はまったく理解できずにいた。
「あ……あなた方はどなたですか。ここはどこですかっ」
 わかっているのは、全身を紐でぐるぐる巻きにされ、汚れた床に転がっていること。そ んな夜羽を、見知らぬ三人の男が見下ろしていること。
「んーぐぐっ、よっ、夜羽様ぁっ」
 ガタガタという物音と聞き慣れた声がして、背後へ身体を傾けると、子熊くらいの大きさのジャイアント・パンダが亀甲縛りにされてもがいていた。
「シャ、仙仙っ!」
 お前はなぜ、そんないかがわしい姿に。
「うん、間違いなく悪魔ですね。ちなみにパンダは、悪魔のしもべ妖精でしょう」
 三人のうち、金髪碧眼のやたら美形な男がにこやかに言った。その隣で、ひょろっとした地味顔の青年が「マジっすか。やべーっ」とはしゃいでいる。
「まじやべえ。めちゃくちゃ美人じゃないっすか。銀髪ロン毛って二次元キャラみたいだなあ。綺麗だけど男の人ですよね? てか、この頭の角、羊の角なんすか?」
 そのまた隣にいる赤毛に無精ヒゲの男が、はしゃいでまくし立てる青年を見て、はあっとため息をつく。
「適当にやって、本物を呼び出しちまったか」
 三人の男の中でただ一人、苦い顔をする男。夜羽は赤毛に淡い紫色の目をしたその男の容姿に釘付けになった。
(え、うそ、すごい……この人、カッコいい)
 ものすごく好みの顔だ。ドストライク、性癖のど真ん中。
 その身を拘束され、自分がどこにいるのかもわからないというのに、我を忘れて男に見惚れてしまった。
 よれたスーツを着た、目つきの鋭い男だ。
 しかし顔立ちは整っていた。美しいと言うなら、金髪の男のほうが美を体現しているだろう。赤毛のほうは粗削りで、けれど野性味がある。それに身体つきもいい。くたびれたスーツの上からでもよくわかる、発達した大胸筋。
 疲れた顔をして、全体的にくたびれた雰囲気が伝わってくるが、そんなところも好みだった。
(……誰。すごい……すっっっごくカッコいい!)
 男に心も語彙力も奪われた夜羽は、亀甲縛りにされたパンダが「夜羽様、お気を確かに!」と叫んでいるのにも気づかなかった。
 男は人間で言うなら、三十半ばか後半、この渋さはアラフォーくらいだろうか。そう、人間で言うなら……。
「え、人間っ?」
 この三人のいるあたりから、人間の気配がする。夜羽が叫ぶと、金髪男が「おしい」と返した。
「人間なのはこちら、我々のクライアントのモブ田さんです」
「いや群田っす」
 金髪に地味顔のモブ田が続き、「どうも」と頭を下げた。
「どうしてここに、人間が……」
 夜羽のつぶやきに、モブ田は「いやいや」とおかしそうに手を振る。
「っつーかここ、人間界ですから。俺んちですから」
 言われて、ぐるりとあたりを見回した。狭い物置のような部屋。ゴミがあちこちに落ちている。すごく汚いし臭い。それにこの茶色っぽく変色した床は、「畳」というやつではないだろうか。
 さらにその畳に、黒い模様が描かれているのに気付いた。ぐるりと夜羽を取り囲むようにして、その中に複雑な円陣や文字が描かれている。
「これ…… 魔法陣。私の魔法陣だ」
 異界の者が、魔界にいる悪魔を呼び出すための魔法陣。歪な図形は、夜羽の名前を表している。
「もしかして私……召喚されちゃったんですか」
 金髪男はにっこり笑って「はい」と答え、モブ田は「俺、俺がやったんですよ」とはしゃいでいる。
 赤毛の男だけが、厄介事を疎むように夜羽を見下ろしていた。

       一
 記憶が確かならば、人間界に召喚される前、夜羽は魔界の自宅にいたはずだった。
 夜羽は、魔界生まれ魔界育ちの生粋の悪魔である。
 それもただの悪魔ではない。名誉ある「召喚士」の家系で、つまりやんごとなき侯爵家の子息なのだ。
 絹糸のような銀髪にアイスブルーの瞳、羊のような立派な巻き角は、侯爵家の血統をよく表している。
 実家は豪華な白亜の城で、夜羽は当主の末の息子として、幼い頃は大勢の使用人にかしずかれて育った。……幼い頃は。
 現在、夜羽が暮らしているのは白亜の城ではない。その城の敷地にある離れである。
「離れ」などと言うとカッコよく聞こえるが、実際は1Kの倹しいプレハブ小屋だ。ユニットバスとトイレ、いちおう室内に洗濯機置き場がある。洗面台はない。
 今年で百二十五歳になる夜羽は、今から二十五年前の成人の際、両親から「もうお前は息子ではない」と言われ、白亜の城から追い出された。
 以来、この離れに閉じ込められ、幼い頃から仕えてくれているしもべの熊猫妖精、仙仙と二人で暮らしている。
「ひい、ふう、み……」
 その日、召喚される直前、夜羽は夕食を終えたあと、粗末な折り畳みテーブルの上でチャリチャリと小銭を数えていた。
「あ……あった。貯まった。……満額貯まったよ、仙仙!」
 貯金箱から出したお金が目標額に達していたとわかった時、夜羽は喜びのあまり大声でしもべを呼んでしまった。
 安普請のプレハブ小屋だが、森の中にあって周りには誰もいない。騒いでも近所迷惑にならないのはありがたい。
 狭い台所で夕食の片付けをしていた仙仙は、主人の声を聞いてパタパタと短い脚で駆け込んできた。
「ようやく貯まりましたか! 本当によかった。私も、おやつの青笹を我慢した甲斐がありました」
「お前の内職のお金まで借りて、申し訳なかったねえ」
「なんのこれしき。これでようやく、夜羽様の『お守り』が買えますね」
 二人で手を取り合って喜んだ。この一年、ただでさえ少ない生活費を切り詰めに切り詰めて、やっと貯めることができた。
 白亜の城に住む両親や兄姉たちにとっては、ほんのはした金だろう。昔は夜羽だって、これくらいの金はどうということもなかった。というか、自分でお金の管理をする必要などなかったのだ。
 しかし、今は一族のみそっかす。由緒ある「召喚士」を名乗ることなど許されず、無職の身の上である。
 この離れに追いやられて二十五年、両親は夜羽が外に働きに出ることを許さず、毎月、わずかな生活費を与えるだけだ。
 しかも、この生活費というのが本当に生きるのに最低限、カツカツの金額だった。日常のこまごまとしたものを買うのにも事欠くありさまなので、夜羽と仙仙は家の者にバレないよう、森の奥に家庭菜園を作ってひっそり野菜を育てたり、偽名で内職の仕事を探してきたりして、倹しい生活を続けていた。
「今日はもう遅いから、明日、このお金で『お守り』を買いに行っておくれ」
 そそくさと金を貯金箱に戻し、着古したシャツでその貯金箱をぐるぐる巻きにして、たん笥の奥深くにしまった。
 貴族の城に泥棒に入るものはいないだろうが、この金が生命線だと思うと、つい慎重になる。
「これで安心できます。『お守り』が壊れてからこの三か月の間、夜羽様がいつ召喚されるかと、もう気が気ではありませんでした」
「大袈裟だな。私を召喚する人間なんかいないよ。実際、『お守り』が壊れてから今日まで、何事もなかったんだし」
「万が一ということもありますから」
 まだ『お守り』は買えていないのだけど、『お守り』を買うお金ができたということで、二人はもうすっかり安心していた。
「お茶を淹れようか。お前にも苦労をかけたから、今日はとっておきのクッキー缶を開け
るよ」
 夜羽は仙仙の苦労をねぎらうため、お茶を淹れようと腰を上げた。
「えっ、いいんですか。あれは夜羽様の大好物でしょう。お誕生日に取っておいたん
じゃ」
「誕生日より今日のほうがめでたい気分だからね」
 ただでさえ貧しかったのに、この一年はそれこそ、爪に火を灯すような生活をしていた。
 でもこれで少し楽になる。苦境を脱した祝いに、夜羽は紅茶を淹れ、とっておきのクッキー缶を開けた。
 異変が起こったのは、二人で紅茶とクッキーを堪能していた、その最中だった。
「あれ、台所の電気、消し忘れてますね」
 クッキーを頬張っていた仙仙がふと、隣の台所に視線を移して言った。夜羽もそちらを見る。台所と居室を隔てる引き戸が少し開いていて、そこからチカチカと明滅する光が漏もれていた。
「消したはずなんだけど」
 蛍光灯も換えないといけないな、とぼやきながら、腰を上げようとした。その時だった。
 ドカン、とかバギャン、とかものすごい音がして、台所を隔てる引き戸が吹っ飛んだ。
 吸い込まれた、というほうが正しいだろうか。台所の部屋のほうへ、大きな力で戸が引っ張られていった。
 引き戸がなくなったが、その向こうにあるはずの台所もなくなっていた。
「え、どういうこと」
 そこには真っ暗な穴が開き、ゴウゴウと音を立てている。何が起こったのか、咄嗟に理解できなかった。
 愕然と穴を見つめる中、テーブルの向かいから「ふぎゃっ」と仙仙の悲鳴が聞こえ、我に返った。
 見れば、仙仙の身体がふわりと浮いている。
「仙仙!」
「よっ、夜羽様〜。身体が勝手に向こう側にっ」
 仙仙の身体が穴に吸い寄せられている。そう気づいた時、夜羽の身体も宙に浮いていた。
「これはもしや、異界への扉……」
 夜羽はその穴の正体に気づいて青ざめた。そう、これは間違いなく、異界へ繋がる穴だ。
 三か月前に『お守り』が壊れて以来、この事態が起こることを恐れていた。「召喚士」の家系に生まれた自分が、異界へ呼ばれることを。
 明日ようやく新しい『お守り』が買えると思ったのに。よりによってなぜ、今夜なのか。
 自分はこの空間を通れるが、あちら側へ渡ってしまったら、もう戻れない。戻れる可能性はあるが、確率は限りなく低い。
「夜羽様!」
 軽い仙仙の身体が先に吸い込まれていく。
「仙仙!」
 夜羽は慌てて仙仙の手を摑んだ。妖精が一人でこの中に入ったら、身体がバラバラになってしまう。
 白と黒の被毛を引き寄せると、ぎゅっと抱き込んだ。意志を持たないはずの空間が、夜羽に照準を合わせたように引力を増す。
「わ、あぁ……っ」
 ゴオッという大きな音と共に、夜羽はしもべの仙仙を抱えたまま、真っ暗な闇の中に吸い込まれていった。

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